せきれい

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せきれい

せきれい (文春文庫)

せきれい (文春文庫)

この本には、おいしそうな食べ物がたくさんたくさん出てくる。
私はいちいち、そのおいしそうな食べ物が出てくると、ページにしるしの付箋を貼り付けることにした。そうしたら、本が付箋だらけになってしまって、まいった。それぐらい、この本には食べ物がたくさん登場する。そのことを感想として書こうと思って読み終わろうとしたら、あとがきで庄野さんも「この本には食べ物の話がたくさん出てくる」と、そのことに触れていた。主人公の夫婦が食べるのが好きであることに注目した、編集長の庄野音比古さんがアイディアを出したらしい。
 せっかく付箋でいっぱいにしたのだから、出てくる食べ物を、記してみようと思う。(私がヨダレをたらしそうになった物に限る、この他にもたくさんのおいしそうな食べ物が出てきたのだけれど・・・)

駅前に新しくできたパン屋の、胚芽パン(かるく焼いてバターとアカシアはちみつで食べるそう)奥様のピアノの姉弟子、斉藤絵里ちゃんとそのお母さんにもらった、3つのカレーの缶。「イギリス風中辛」と「フランス風甘口」と「インド風辛口」。庄野さんと奥様は、「イギリス風中辛」に牛肉をたっぷり入れて召し上がったそうだ。焼きお揚げ。薄揚の中に刻んだねぎを詰めて、焼いたもの。庄野さんはこれが好きで、料理名を聞くと、奥様は即席で名前をつけた。
ユタで初めて頼んだミックスサンド。いつもはホットケーキを頼むのだけれど、お腹がすいているので頼んでみたら、おいしかったという。玉子とハムとレタスときゅうり。
奥様の作った、ミート・シュウ。シュークリームの皮の中に肉を入れたもので、他には海老の入ったものとポテトサラダの入ったものがある。
大阪グランドホテルの竹葉の鰻会席。しっぽの方をごはんにのせて蓋をし、むらしている間、残りの鰻でお酒を飲む。
相川さんのオックステイルのシチュー。粒胡椒たっぷりのシチューで、やわらかいお肉やまるのままのかぶらなどが入っている。
じゃがいもの丸やき。じゃがいもを直接ガスの天火で焼く。それをフライパンでさらに炒める。
牛肉のしぐれ煮。山形牛のしゃぶしゃぶ用の肉を甘辛く煮付けたものだという。ごはんの上にのせたりしてもおいしいそう。

こうして見ていくと、庄野さんの文章の簡潔さに改めて驚かされる。絵のデッサンと同じで、ある物を紙の上に写し取る、しかも自分の力で・・・ということは、とても困難なことだ。と、私なんかは思ってしまう。私の場合、目の前にあるもの、自分が愛でた物、味わったものをそのまま文章や絵に表せばよいのに、すぐ妙な脚色や体裁をくっつけて飾って、誤魔化してしまう。
庄野さんの文章は、正直で、見たままだ。けれどその見たままということの難しさは、本を読んだ方なら、この私の野暮ったい食べ物の羅列と実際の庄野さんの食べ物の描写の違いで、お分かりいただけることと思う。比べるのもおこがましいが。