ピアノの音

ピアノの音

ピアノの音


この本は、私が今まで読んだ(数は少ないが)庄野さんの作品の中で、奥様への愛情を一番感じた。それはやっぱり、タイトルにもなっている奥様が弾くピアノが流れてくる生活と、庄野さんのハーモニカを毎夜ふたりで楽しむ生活とが、丹念に描かれている作品だからだと思う。

今ではすっかりおなじみになった、夜のハーモニカと奥様の歌。この本では、そのはじまりを知ることができる。クリスマスに奥様が庄野さんに贈ったハーモニカは、ひとところレパートリーが増えるほど練習をしたが、吹かなくなった。ある日、夜のピアノのおさらいが終わった奥様は、庄野さんのところにハーモニカと「故郷」の楽譜を持ってくる。そこから、この二人の「一日の終わりのハーモニカ」が始まる。
奥様は、うぐいすを題材にした歌詞の「早春賦」を歌うと、「本当に谷のうぐいすになった気持ちがするの」と言っていつも羽ばたきの仕草で「ピヨピヨ」と可愛らしい物まねをする。
また、ピアノの練習をしている奥様が弾くのをやめて笑い出してしまうこともある。「笑ってちゃいけないね」と庄野さんが声をかけると、奥様は「あんまり弾けないから笑ってしまうの」と答える。こういう描写は、私と年の離れた女性とは言え、とても美しく感じられる。こんなにも、青春期のはかない片思いのように女性を美しく描き、見つめることができるなんて、庄野さんはとても奥様のことをいとおしく思っていらっしゃるのだろうと思う。

その奥様を、とても身近に感じたところがあった。
夜の暗がりの中で、廊下に置いてあったセントポーリアの鉢を蹴とばして倒してしまったところ。その鉢に入っているのは普通の土ではなくて、うすい金属の箔のようなものなど。奥様は、廊下に貼り付いてなかなか取れないその土を一生懸命きれいに始末するが、「泣きたくなった」と庄野さんに報告する。いつも笑ったり歌ったり家事や庭仕事で忙しい奥様。そういうこともあるのだと、ハッとした一言だった。

さて、いつもの庄野さんのご本の通り、おかしみに溢れるところもたくさんあった。静かな学校図書館で読んでいたにもかかわらず、思わず「プッ」と吹いてしまった。
惠子ちゃんの運動会に庄野さんが行ったときのこと。プログラムで使った猫のお面を、惠子ちゃんが庄野さんの頭にかぶせようとするが、なかなかはまらず、「じいたん、あたま大きい」と言って諦めるところ。
また、長男、次男一家が庄野さん宅に遊びに来たとき、長男が子供たち相手に遊んであげる。ジャンケンをして勝ったら相手を「デコピン」したり・・・というのは分かるが、「フーちゃんたちに自分の頭をねじ曲げさせたりする」というのがわからない。どんな遊びなのだ?

ともかく、とても幸せに溢れた作品。私は、気に入った本のときにはいつもそうなるように、読んでいる最中に「ああ、もう一度読みたい」と思ったりしたのだから。