うさぎのミミリー

うさぎのミミリー

うさぎのミミリー

 私はパンがそんなに好きではなかった。
 でも、このところ続けてパンを食べている。それも、ヴィ・ド・フランス金時豆パン。
 昨日の夜も、今日の昼も、そしてきっと明日の朝も、金時豆パン。
 それは、この本を読んだからだ。
 本をお持ちの方は、読んでみてほしい。145ページの最初、金時パンについてのところ。
 こんなに素敵に、こんなにおいしそうに書かれてしまっては、食べずにいられようか。
 豆もパンもそれほど好きではないので、今までは絶対手を出しそうにもなかったけれど、
 店でそのパンを無事に発見したときは思わずにっこり、ほっとしてしまった。
 今は、そのパンを紅茶といっしょに食すのが、楽しみでしかたがない。


 庄野さんの本には、そんな不思議がある。


 この本を、あるスピードをもって、しかしそのスピードを抑えながら楽しんで読んでいるとき、
 台所で母が手伝いを欲する声を出したので中断した。
 お茶の葉を袋から缶にうつすのと、フランスパンを紙袋から保存パックにうつすの、という仕事。
 フランスパンは、焼きたてを買ってきたのでまだ少し温かく、もう少し待ってからパックに入れ
 ることにした。
 そのとき母が、
 「やぎ肌だからね」
 といった。
 やぎ肌?なんのことだ?きょとんとなった私に、母は説明する。
 「前に、あんたが動物園に行ってきたばかりの頃、今とおなじように焼きたてのフランスパンを
 買ってきたら、それを触って、動物園でだっこした子やぎの肌もこのくらいあったかかった!
 って言ってたから」
 そんなこといったらしい。なんとなく覚えている。
 でもお母さんがそんなこと覚えていたなんて。しかも「やぎ肌」だって。
 なんだか楽しかった。幸せにも感じた。


 庄野さんの本の、不思議に似ていた。


 この本は、初めて「発売日を待って」買った、庄野さんの本の中でも特別なもの。
 きっと、これから思い出すたび、金時パンの味も思い出すだろう。