正解は一合

3連休が終わりを迎えている。


1日目は、いよいよ先輩女史の結婚式だった。
これまで2回結婚式に招待してもらったことがあったが、
どちらも神前式だった。今回はチャペル。
でもドラマとかで昔から親しんでいたイメージの式だったので、
「本物を見た」
という感じだった。お父さんとの入場、誓いの言葉、キス、指輪の交換・・・
新郎が大きな声で


「ハイ! 誓います!」


と言っていたのが良かった。
先輩女史はとてもきれいだったし、入場するときに参列者に
ニコニコ微笑みかけていたので、とても頼もしかった。


炎天下でのフラワーシャワーと写真撮影。
そして受付。一緒にやっていた尻高女史に何度か肘で小突かれて
無事終了した。緊張した・・・。


披露宴も二次会も、参加者への気配りがすみずみまで感じられて
とっても良い日だったなあと思う。
先輩女史のご家族がとても朗らかで優しそうで、上品で、
あの家族の中ですくすく育ったんだなあ・・・と思って気持ちが良かった。
それにしても、会社の女の子たちが少しずつ、でもどんどん既婚者になっていく。
今までは既婚者のほうが圧倒的に少なかったけど、だんだん逆転していくのかな。
不思議だな。


二次会には、新郎の元同僚としてダッフルさんも参加。
ビンゴやっているときにチラッとダッフルさんを見たら、浮かない顔をしていたので
「ああ、ダッフル氏よ、おまえもか・・・」
と思った。
私もリーチにすらならなかった。



2日目は、友人MとRが私たちの家に遊びに来てくれた。
不動産屋さん、ガス・水道屋さん、テレビをつなぐ人、
ダッフルさんの友人(パソコンの設定をしてくれた)以外で
家に来てくれた最初の人々である。
先週からダッフルさんとせっせと部屋をきれいに片付けた。
ちょうど昨日の結婚式でお花をもらえたので、部屋に飾れた。


友人はプリンとサラダを買ってきてくれた。
ピザをとって食べた。wiiをひたすらやって、隣の駅まで歩いて
ご飯を食べて帰っていった。
2人とダッフルさんが初めて対面したが、どうしていいかわからなかった。
後から考えたら、まったく紹介者としての役を果たせていなかった。
「こちらがMで・・・」
とか、そういう紹介をまったくしなかった。
お互いをニヤニヤさせて、困らせただけだったので、夜になって反省した。




ご飯を食べながらいろいろ話した。
Mが自分がもし結婚することになったら、という話をして、
「結婚したら披露宴で絶対2人にスピーチしてもらうから」
と、私とRに言ったので、それは絶対にできないので、お願いだから頼まないで欲しいと
言っておいた。スピーチなんて本当に! 考えただけで!!!


いつも生活しているところに人を呼ぶって、不思議なことだ。
とりあえず、早く本棚とテーブルを買おう。


そして今日は、まったりと過ごした。
頂き物のお菓子を食べたり、パスタを作って食べたり、昼寝をしたりした。
何となくテレビを見ていたら、NHKで佐々木徳夫さんのドキュメンタリーが流れていて、
見入ってしまった。
「昔話が消えてゆく〜東北の村を訪ねて50年〜」
という番組。
佐々木徳夫さんは、長い間東北地方の民家を訪ねて、昔話の語り手を探し、
その昔話を録音して、書き起こしている。
まだ書き起こしていない、整理していないテープが5千ほどあると聞いて
ダッフルさんとうなった。本当にすごいことだ。


パソコンをしながら見ていたダッフルさんに、
絵本の読み聞かせとか、映像と違って、物語や昔話を語って聞かせるって
本当にすごいことなんだよ!と話した。
聞いてる側が無限に想像力を使ってお話をイメージできるんだよ!
変身した、とか奇妙なものが出てきた、とかいうことも、絵本や映像では
描いたり表現するというハードルがあるけれど、語ることには何のハードルも無いよ!
ほら、今「1年、2年、3年が経って・・・」っていうのが2回出てきてたでしょ、
そうしたら主人公の女の人は6歳以上年取ってるはずだけど、そんなのまったく
考えなかったでしょ、女の人はそのままで、時間だけが経っているように
自分で処理してたでしょ、絵やアニメだったら、女の人は老けなくちゃいけないよ!
いろんな人が話してきたから、正解や不正解が無くて、無限に広がって行く、
しかも無駄がなくなっていくんだよね!


というようなことを、しつこいくらいに話して聞かせながら見た。
きっとうるさかっただろうと思う。
ほとんど大学の授業で聞きかじったことと、本を読んで知ったことだ。
久し振りに昔話の語りについて考えた。


でも、もしいつか子どもと遊ぶときには、絵本もテレビももちろんいいけれど、
それ以上に昔話を語ってあげたい。読み聞かせでもいい。
何か1つだけでもそらで語れるお話があるといいな。


そのドキュメンタリーの中で、佐々木徳夫さんが、先立たれた奥様の
話をしていたところが心に残った。
昔話の採集を全力でサポートしてくれた奥様だったそうだ。
語り手に出会えなかった日は、佐々木さんの愚痴をずっと頷きながら聞いてくれて、
新しく聞く昔話を録音して帰った日は、夜通し書き起こし作業を手伝ってくれたという。
佐々木さんは、


「自分の仕事を手伝わせてばかりで、気遣ってあげられなかった。
 妻の自由な時間を奪ってしまっていたのではないか」


というようなことをおっしゃっていて、悔やんでいた。
とても胸が痛くなったが、でも、そんなことはない! と思った。
もちろん状況も、奥様の気持ちも、本当のところはわからないけれど、
佐々木さんと一緒に長い時間、1つのことを一緒にできた奥様は幸せだったんじゃないか、
と思う。佐々木さんと一緒にいたかったんじゃないか、と思うのだ。


佐々木さんは、いなくなって初めて大切な人のことがわかる、ということを
題材にした昔話を、自分の気持ちに重ねていた。昔話って、本当に人の一生にリンクしている。
いろいろな昔話を知りたくなった。


今、昔話を語れる人がどんどんいなくなっているそうだ。
きっと、誰にも受け継がれること無く消えてしまった昔話がたくさんたくさん
あるのだと思う。
これからもお元気で、この重要なお仕事を続けていってほしいと思う。




夕方、ダッフルさんと買い物に行った。


いわしの梅煮と、けんちん汁を作ろうと思っていたのだが、
予定通りの食材が手に入らなくて、なんだか知らないが気が滅入ってしまった。
「だったら何だっていいや」
というやさぐれた態度でいたら、それを見かねて
ダッフルさんがさんまをお刺身用におろしてもらってくれて、
エリンギを焼いて食べようということを決めてくれたので、気を取り直した。
助かった。おかげでおいしいご飯が食べられた。
本当に申し訳ない。感情をコントロールするのだ自分。



先に寝てしまったダッフルさんの顔を見に行ったら、
それにちょっと気づいて、寝ぼけながら私に話しかけているので、
よく聞いてみたら


「お米だったら何合炊きにする?」


と訊かれていた。
よくわからないけど、とりあえず


「い、一合!」



と答えたら、にっこり笑って、またスヤスヤと眠りに落ちていた。
思い出したら、そういえばご飯を食べていたときに
「今日は一合にしといて、ちょうど良かったな」
という話をしていた。


今日の1日の中に、正解が隠されていたのだった。
良かった。